TORIATE’s blog

創作物の欠片や思考断片、日記

パティシエの作る至上のケーキとヤマザキパンのケーキどちらが美味しいかは明白だが何方がより多くの人間を幸福にするかといえばこれもまた明白だ

私の母方は村八分にあい
母親も子供頃商店街に買い物ん行くと常に嫌な目にあってきた
ダイエーが出来たことで商店街は消滅
ダイエーの向かいに立つ八百屋だけが残った
なぜか?
其の八百屋は空気を読まず村八分にあう私の母親の家庭にも
優しく接していたからだ
客を選別する商店街は別に私の母親の家族以外にもそういう差別をしていた
だからダイエーという画一的サービスに敗北したのだ
そして八百屋だけが残っている今も
人間とは残酷だ自分の気に入る者は優しく、気に入らないものは排除する
それは仕方がないことだけれど
やられる方はたまったもんじゃない
話を戻す
パティシエは美味しいケーキを生み出し人々を楽しませる
しかしパティシエという個人は人間でしかなく
老いもするし好き嫌いも有る
だから「全ての人間に画一的にサービスを提供することは出来ないのだ」
故に私はヤマザキパンのケーキが好きだ
平等であり公平であり添加物がはいり、パティシエのケーキより美味しくないけど
そこには侮蔑も見下しも哀れみもなく
機械的な均整と調和という不自然な世界によって構成された安らぎと安心感が有る

まあ、私はヤマザキパンが好きというより

工場生産されたお菓子のほうが好きといったほうがより厳密だけどね