TORIATE’s blog

創作物の欠片や思考断片、日記

弱者を救う思想は全て失敗してきた。弱者は救うが代わりに自分と違う思想の人間を間引くという選択をとったからだ。

宗教は、特に弱者や救貧的な宗教は弱者を救うことで支持を得て一般市民を絡め取ってきた。これは社会主義も同様である。だが、全部しっぱいした。

なぜなら、弱者は弱者だからだ。有能じゃないしなにかの障害がある。役立たずで見捨てられ間引かれる存在。だからこそ彼らを救うために産まれたのが弱者救済的な宗教や思想だ。だが、残念ながら彼らを救うのは弱者じゃない。財源は?これがくる。有限の富をどう分配する?これもくる。残酷な現実が有るのだ。

 

100人の人間が暮らす村。よくあるやつだ。

 

ここに優秀な人間が10人居て、障害者が10人。40人が無能で、40人が比較的使えるやつ。自然主義なら障害者10人は淘汰されるなり間引かれる。無能も虐げられる。それが自然だ。だが、人類が徐々に発展してきて100人のムラの富が150人養えるようになった。余剰の50人分を優秀な人間が独占した。しかも文句を言う無能と障害者を虐げてさらに搾取した。上位10人が余分に60人分の富を得る。こうなると、革命が起きるわけだ。

 

だが、宗教はどうだろうか?とくに弱者を救う宗教、思想は今ある富をもっと弱者に分配するようにする。しかし、一度自分たちの懐に入れてから分配するため中抜きが起きる。しかも救済といいながら中抜きをしているため結局腐敗する。

ただ、金を持っているやつやソウでないやつからも税金で徴収して中抜きをして分配

徴収される側は困窮し受け取る側も分配者の胸先三寸

 

だから不労所得という特権を得てしまった弱者救済機関は腐敗する。

腐敗する以外にない。人間だから。

そして、財源が足りなくなったら徴収量を増やす苦しむのは弱者だ。

そしてそんな弱者をレイシスト、魔女と差別する。

そして、破綻する。

 

弱者救済機関が己の私欲のために正義をちらつかせて弱者を苦しめて

破綻するのだ。

 

当たり前の帰結。こんなふざけた行為は終わらせたほうがいい。

かといって自由主義は弱者につらすぎる。

だからこそ分配はAIがやれ。弱者救済は人間がやってはいけないんだ。